FAZER LOGIN君の隣に並べる男に、なりたかった——
隣を歩くのも、声をかけるのも、周りの視線が気になる。妙に緊張する。
「
昼休みに、
「……そうかな」
「そうだよ、あんだけ
「沙友里とは呼んでないだろ……」
小学校からの親友は、口元を吊り上げた。軽口が多いが、空気を読むのが上手い。よく今みたいに核心を突いてくる。
「けど、直哉さあ。最近ちょっと浮かれてるの丸わかりだぞ」
「……マジで?」
「マジで」
自分では分からないけど、態度に出ているのか。
そして、守は決定的な言葉を口にする。
「結城さんと付き合ってるんだろ?」
僕の身体が固まった。
したり顔で、守が笑っている。
「な、何で……」
「やっぱりね、水くさいじゃねえか」
その口調には、からかいが混じってる。
「お前は、ホント分かりやすいな」
「そうかな……」
「……んで、どうして公表しないんだ?」
「それは……彼女のため、だよ」
何度か二人で話し合い、僕の要望を通す形で決着した。
「ふぅん……理由は?」
「結城さんは、人気者だから……」
「それ、彼女は納得してんの?」
「分かった、って」
そう言っていた結城さんの顔は、明らかに不満げだった。
だけど、僕は頷いてもらった。
「黒崎くんみたいな人なら……モテるよね」
「サッカー部の、
「うん。同じクラスだし……いい人だよね」
「俺がどうかした?」
突然、横から声がして、口の中にいた唐揚げを吐き出しそうになった。
「お前はイケメンで、いい奴だって話だよ」
「相沢の方こそ。モテるでしょ?」
「もてねーよ」
嘘だ。守は誰とでも仲良くなれるし、顔もカッコいい。
黒崎くんは、爽やかな笑顔を僕に向ける。
「それに、
「そ、そんなことないよ……」
他の男子に呼ばれて、黒崎くんは戻って行った。何気なく顔を向けると、黒崎くんを中心とした輪の中に結城さんもいる。
(あんな風に、笑うんだ……)
胸のどこかに痛みが走る。
「直哉、お前は認識を改めた方がいい」
「……何の?」
「色々だわ」
その日、午後からは体育だった。テンションの上がっている守に、グラウンドまで引っ張られていく。準備運動の間も、守は言葉の端々に棘を潜ませてくる。
深いため息をつき顔を背けると、黒崎くんと結城さんが今二人で話していた。
「結城さんってダンス部だよね?」
「うん、そうだよ」
「やっぱり、身体の使い方が上手いよね」
二人は普通に会話をしているだけだが、それを周囲が放っておかない。勝手に盛り上がっている。
「黒崎と結城、なんかお似合いじゃね?」
「美男美女だよねー」
観客は好き勝手に、感想を述べる。
結城さんは困ったように笑顔を浮かべていた。僕は、黙って前を向く。
(やっぱり、僕よりも釣り合いが取れるよね……)
急に守が肩を組んできた。
「お前さ」
「……なに」
「また、しょうもないこと考えてるだろ」
「そんなこと……」
僕は最後まで言い切ることができない。
「お前が隠したいのって、ホントに彼女のため?」
「も、もちろん……」
「自分のためだろ」
守の一言で頭を殴られたようだった。
(僕は……何を……)
「照れくさい、とかもあるだろうけど……違うだろ?」
「……」
「お前さー、もっと彼女のこと信じてやれよ」
「……信じる?」
いつもふざけている守が、真剣な顔で僕を見ている。
「俺や彼女が、お前を認めていることをだよ」
僕の身体が、徐々に熱を帯びていく。
見上げた空は、何も知らない顔をしていた。
「ねぇ、桐谷くん。今日も部活あるんでしょ?」
放課後、まだほとんどの生徒が残っている中、結城さんが急に近寄ってきた。
「うん。あるよ」
「じゃあ、今日の帰りも一緒だね」
「も、もちろん……」
「結城さーん。今日、部活終わりにファミレス行かない? 黒崎も来るし!」
「え……あの……」
僕の言葉を遮り、クラスの男子が結城さんに声をかけてくる。
「いいじゃん、結城さんもダンス部の子、連れてきてよ」
口を挟む隙間がないほど、その男子は一人で話を進めている。そこへ黒崎くんが、慌ててやってきた。
「おい、結城さんは今、桐谷と話してるだろ」
「へ? そうなの? 別によくない」
「いや、よくないだろ」
結城さんの顔から、表情が消えていく。僕の顔からは、血の気が引いていくのが分かる。
「黒崎だって、結城さんと飯行きたいだろ?」
「俺は、別に……」
「照れるなって。前に結城さんのこと、褒めてたじゃん」
「それは……」
その言葉を聞き、鼓動が早まる。
周りには、だんだん観客が集まってきて、騒ぎが大きくなっていく。
「もうさ、お似合いなんだから、付き合っちまえよ」
「おい!」
黒崎くんの制止がきかないほど、周りの声が大きくなっている。みんな、口々に囃し立て、この降って沸いた恋物語の結末を待っている。
僕は思わず守に助けを求めるが、その目はこの場への介入を拒んでいた。どうするんだと、問われている。
その時、結城さんが大きく息を吐いた。
「あのね、私は……」
そこまで言いかけて、彼女は止まる。そして、僕に視線を向ける。
その瞳は——あの日と同じだった。
(また、僕は……)
僕は拳を握りしめる。そして、背後から衝撃を受け、みんなの前まで飛び出してしまった。
「いてっ!」
おそらく守の蹴りが入ったのだろうが、振り返る余裕はない。
教室が静まる。もはや司会者となった彼が、眉を顰めてこっちを見た。
「どうした、桐谷……」
「ぼ、僕が——」
「……は?」
彼女が期待を込めた目をしている。僕は大きく息を吸い込んだ。
「僕が、僕が結城さんの——『彼女』なんだ!」
「……は?」
時間が止まる。
誰も動かない。
結城さんも、口を開けたまま固まっている。
「いや、逆だろ」
守の声がステージに響く。
(えっ、ま、間違えた……)
顔から耳から、全てが熱を持つ。
「ぷっ……あははっ」
堪えきれない様子で、結城さんが笑い出した。いつもの目を細める笑顔。
「ゆ、結城さん……」
「あはは……ごめん、ごめん」
涙目になった瞳を、指で拭っている。
その瞳が僕を捉えた。
彼女は進み出て、僕の腕に自らの手を回す。触れている場所が、一気に熱を帯びる。
「私から訂正します。彼が、私の——」
彼女はステージから、客席に向かって言葉を解き放つ。
「私の——『彼氏』ですっ!」
一斉に沸き立つ観客たち。みんな、それぞれの感情を口にする。
「えー」
「ま、マジ?」
「きゃーー」
満面の笑みを浮かべ、みんなを魅了する。僕はその横顔から目が離せない。
我に帰った司会者が、みんなの想いを代弁する。
「桐谷なんだ……てっきり黒崎かと」
「お似合いだよ、二人とも」
黒崎くんの祝福が、さらに場を盛り上げる。
「うふふ、ありがと!」
彼女の腕に力がこもる。
「これでもう隠せないね——
その囁きが、耳の奥まで届いた。
彼女の腕の温度だけが、やけに鮮明だった。
僕たちは、その時確かに——同じステージに立っていた。
——ここからは、直哉の知らないお話。
まさかの交際宣言で、盛り上がる教室内。
守が、隣の男子にだけ聞こえる声で呟く。
「黒崎……これで良かったのか?」
「ん、どうして?」
「好きだったんじゃねえの? お前も」
「直球だね」
黒崎の表情は変わらない。口元に微笑みを残したまま。
「鋭い、と言いたいところだけど、ちょっと違う」
「あら……俺様の読み、外れたか」
「そうだね」
まだまだ、この場の熱は冷めそうにない。黒崎は、そこから少しだけ顔を背けた。
「ただ……似ていただけだよ」
「誰に?」
「……初恋の子に」
「青春だねぇ」
守は、黒崎の肩に手を置いた。
「やっぱ、お前はいい奴だ」
「相沢もね」
「そうでもねぇよ」
肩に置いた手に、守は少しだけ力を込めた。
「——すごいね。相沢は」
「すごいのは俺じゃねぇよ。直哉だ」
その時、一際大きな歓声が上がった。黒崎が顔を上げる。
「あぁ——ホントだ」
「だろ?」
「彼女のあんな笑顔……彼にしか引き出せないよ」
守と黒崎は、顔を見合わせて笑った。
夢を見ているのは、彼女だけじゃなかった—— 冬休みが明けて、始業式の日。僕たちは数日ぶりに顔を合わせた。 教室では休みの間の話題で賑わっていた。誰と誰が初詣に行ったか、お年玉がいくらだったか。普段通りの空気だった。 ただ、沙友里と神楽さんだけは少し違う。二人で向かい合っているが、何も話さない。時々窓の外を見ていた。(今日が、発表だ……) 僕も、同じように落ち着かない日だった。 始業式が終わり、今日はこれだけで終了で帰宅になる。 帰りのホームルームで、担任がプリントを配り終えた後、付け加えるように言った。「ダンス部員は、放課後レッスン場へ集合してください」 教室がざわついた。「本日、オーディション結果の発表がありますが、見学は自由とのことです。興味のある人は、見に行ってもいいですよ」
願うことと、決意すること——それは、似ているようで違う。 冬休み中の十二月末。校内オーディションの面談当日。僕たちは、喫茶ひかりで沙友里と神楽さんを待っていた。「遅いな……」 守は、メニューをもう三回は見返していた。「面談、長引いているのかな」 黒崎くんが、スマホを確認した。「沙友里ちゃんたち、緊張してたもんねー」 高瀬さんは、ポテトをつまみつつ言った。 それから、さらに一時間ほど経った頃、ようやくドアベルが鳴った。「みんな、お待たせ」 神楽さんが震える声で、駆け込んでくる。その後ろに沙友里もいた。
私からあなたへ、あげられるものは何だろう——「沙友里、早く寝なさいよ」「……分かってる」 校内オーディションの面談を、明日に控えた夜。ママにそう言われても、寝れないものは寝れない。 机の上には、直哉からもらったスケッチブック。何度も開いた最後のページには、アイドルになった私が描かれている。 ネックレスに触れながら、私はじっと見つめた。 眠れない夜には、よく直哉とのことを思い出していた。 最初に気になったのは——直哉の手だった。 入学してすぐの頃、窓際の席でいつも絵を描いていた。(キレイな……手だな) その手で鉛筆を持ち、迷いなく動く。何を描いているのか分からなかった
君と過ごす誕生日が、こんなに嬉しいなんて知らなかった—— 十二月に入り、一つのニュースが僕たちの学年に流れた。 芸能コースが創立される。ダンス部のメンバーを中心に、アイドルグループを育成するため、校内オーディションが行われる。 ただし、外部のオーディション活動は原則禁止。すでに芸能事務所に所属している生徒は対象外。 学校主導でのアイドルプロデュース——前例のない試みだった。「すげぇ、学校だな」 守の感想に、僕も頷くしかなかった。「普通の学校じゃないね」 黒崎くんの目は、セリフとは裏腹に好奇な光を讃えていた。 沙友里はプリントをじっと見つめていた。少し指先が落ち着かない。 隣で神楽さんも目を見開いていた。
誰かの夢を描くことは——その人の未来を信じることだと知った。 あの夏の日から、僕たちは六人で集まることが増えた。みんなでプールに行き、夏休みの終わりには、黒崎くんの家に集まり協力して宿題を終わらせたりもした。 夏が終わっても、一緒にいることが当たり前のようになっていた。 体育祭では、守、神楽さん、黒崎くんが活躍し、合唱コンクールの練習では沙友里と高瀬さんが一際輝いていた。 そして、十月の文化祭。 僕たちのクラスでは、レトロ喫茶をすることになった。僕は内装担当になり、自分の絵を飾らせてもらったりと、みんな忙しく働いていた。 そして何より——十月十四日。沙友里の誕生日。 授業中も、漫研の活動中も、帰り道も。気づくとその日のことばかりを考えていた。「誕生日プレゼントって、何がいいと思う?」 昼休みの中庭。お弁当をつつきながら
あの日の景色が、まだ僕の目に焼きついている—— 翌朝、男子部屋に差し込む光で目が覚めた。 隣では守がいびきをかいて寝ている。黒崎くんはすでに起きていて、ベランダで窓の外を見ていた。「桐谷、おはよう。よく寝れた?」「おはよう……守のいびきで、あまり……」 黒崎くんが苦笑いした。「けど、楽しかったね。みんないい奴だよ」「黒崎くんこそ、色々ありがとう」「また、誘ってくれるかい?」「もちろんだよ」 その時、部屋の中で僕の携帯が鳴った。『直哉、おはよー、朝の散歩行こっ!』「沙友里は朝から元気だね」「うんっ! 私、朝強いから」 僕たちは二人でホテルを抜け出し、朝の海岸を手を繋ぎながら散歩していた。朝の心地よい風が、沙友里の髪をなびかせている。「朝の散歩は気持ちがいいね」 空いている手で髪を抑えながら、沙友里が言った。「神楽さんたちは?」「梢はまだ寝てたよ、麻衣は準備中」 犬を散歩する女性とジョギングをする男性が、僕たちの横を通り過ぎた。「みんなと、こんな風に過ごせるなんて思ってなかった」「麻衣も梢も、いい子でしょ?」「うん、みんなの意外な一面も知れたしね」 一つ一つの場面を思い出すと、口元が緩みそうになる。「みんなのこと、大好きだよ」「ふふっ、良かった」 沙友里がコロコロと笑った。「ねぇ……麻衣も、梢も可愛いでしょ?」「うん、すごく可愛いよ」「……」(あ、あれ……) 繋いでる手に力が込められていた。即答したことを少し後悔する。「ちょっとだけ……痛いかな……」「——知らない」 少し膨れた頬を見て、思わず微笑んでしまった。それを見た沙友里の頬がさらに膨れた。(沙友里が一番……だけどね)「おーい、お二人さーん」 防波堤の上から、僕たちを呼ぶ声がした。「朝飯の時間だぞー」 静かな海岸に、守の大声が響き渡る。その声だけが浮いていて、僕たちは顔を見合わせて笑った。 ホテルに戻ると、みんながお腹を空かせて待っていた。ホテルの朝食バイキングを利用できるようで、みんなの顔が輝いていた。「ここのホテル、バイキングが美味しいって評判なのよ」「えっ、マジで?」「まさか、黒崎くん家のホテルだとは思わなかったけど」「いや
第五幕 伸ばせなかった手 最初に見たのは、ニュースでも記事でもなかった。 SNSから流れてくる噂だった。写真はぼやけていて、夜の街で、二人並んで歩いて
第四幕 距離のかたち 春が終わり、夏が来て、気づけば季節がひとつ進んでいた。高校一年の終わりが近づく頃には、沙友里の生活は、完全にアイドルのそれになっていた。 レッスン、収録、イベント。
第三幕 デビュー 高校に入って、まだ春の匂いが残っている頃。新しい制服にも、ようやく慣れ始めたばかりの時期。 グループとしてのデビューが決まったと聞かされたのは、いつもの帰り道だった。
第一幕 繋いだ手 僕たちが中学三年だったあの頃、放課後はいつも騒がしかった。 通っていたのは、大和中学校。そこで僕が所属していたのは漫画研究部——通称漫研。沙友里はダンス部だ。部活帰りの声、下駄箱の音、夕方に近づく校舎の匂い。でもその日、僕たちだけ







