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第二幕 君の隣に

last update publish date: 2026-02-07 06:00:19

 君の隣に並べる男に、なりたかった——

 結城ゆうきさんと付き合い始めて、まだ十日ほどしか経っていない。それでも、未だに実感が追いついていない。

 隣を歩くのも、声をかけるのも、周りの視線が気になる。妙に緊張する。

「直哉なおや……お前最近、結城さんと、あんまり話さなくなったな」

 昼休みに、相沢守あいざわまもるが、弁当をつつきながら言った。

「……そうかな」

「そうだよ、あんだけ沙友里さゆり、沙友里って言ってたのに」

「沙友里とは呼んでないだろ……」

 小学校からの親友は、口元を吊り上げた。軽口が多いが、空気を読むのが上手い。よく今みたいに核心を突いてくる。

「けど、直哉さあ。最近ちょっと浮かれてるの丸わかりだぞ」

「……マジで?」

「マジで」

 自分では分からないけど、態度に出ているのか。

 そして、守は決定的な言葉を口にする。

「結城さんと付き合ってるんだろ?」

 僕の身体が固まった。

 したり顔で、守が笑っている。

「な、何で……」

「やっぱりね、水くさいじゃねえか」

 その口調には、からかいが混じってる。

「お前は、ホント分かりやすいな」

「そうかな……」

「……んで、どうして公表しないんだ?」

「それは……彼女のため、だよ」

 何度か二人で話し合い、僕の要望を通す形で決着した。

「ふぅん……理由は?」

「結城さんは、人気者だから……」

「それ、彼女は納得してんの?」

「分かった、って」

 そう言っていた結城さんの顔は、明らかに不満げだった。

 だけど、僕は頷いてもらった。

「黒崎くんみたいな人なら……モテるよね」

「サッカー部の、黒崎修司くろさきしゅうじか?」

「うん。同じクラスだし……いい人だよね」

「俺がどうかした?」

 突然、横から声がして、口の中にいた唐揚げを吐き出しそうになった。

「お前はイケメンで、いい奴だって話だよ」

「相沢の方こそ。モテるでしょ?」

「もてねーよ」

 嘘だ。守は誰とでも仲良くなれるし、顔もカッコいい。

 黒崎くんは、爽やかな笑顔を僕に向ける。

「それに、桐谷きりたにだっていい奴だよ。こないだ掃除当番代わってくれたし」

「そ、そんなことないよ……」

 他の男子に呼ばれて、黒崎くんは戻って行った。何気なく顔を向けると、黒崎くんを中心とした輪の中に結城さんもいる。

(あんな風に、笑うんだ……)

 胸のどこかに痛みが走る。

「直哉、お前は認識を改めた方がいい」

「……何の?」

「色々だわ」

 その日、午後からは体育だった。テンションの上がっている守に、グラウンドまで引っ張られていく。準備運動の間も、守は言葉の端々に棘を潜ませてくる。

 深いため息をつき顔を背けると、黒崎くんと結城さんが今二人で話していた。

「結城さんってダンス部だよね?」

「うん、そうだよ」

「やっぱり、身体の使い方が上手いよね」

 二人は普通に会話をしているだけだが、それを周囲が放っておかない。勝手に盛り上がっている。

「黒崎と結城、なんかお似合いじゃね?」

「美男美女だよねー」

 観客は好き勝手に、感想を述べる。

 結城さんは困ったように笑顔を浮かべていた。僕は、黙って前を向く。

(やっぱり、僕よりも釣り合いが取れるよね……)

 急に守が肩を組んできた。

「お前さ」

「……なに」

「また、しょうもないこと考えてるだろ」

「そんなこと……」

 僕は最後まで言い切ることができない。

「お前が隠したいのって、ホントに彼女のため?」

「も、もちろん……」

「自分のためだろ」

 守の一言で頭を殴られたようだった。

(僕は……何を……)

「照れくさい、とかもあるだろうけど……違うだろ?」

「……」

「お前さー、もっと彼女のこと信じてやれよ」

「……信じる?」

 いつもふざけている守が、真剣な顔で僕を見ている。

「俺や彼女が、お前を認めていることをだよ」

 僕の身体が、徐々に熱を帯びていく。

 見上げた空は、何も知らない顔をしていた。

「ねぇ、桐谷くん。今日も部活あるんでしょ?」

 放課後、まだほとんどの生徒が残っている中、結城さんが急に近寄ってきた。

「うん。あるよ」

「じゃあ、今日の帰りも一緒だね」

「も、もちろん……」

「結城さーん。今日、部活終わりにファミレス行かない? 黒崎も来るし!」

「え……あの……」

 僕の言葉を遮り、クラスの男子が結城さんに声をかけてくる。

「いいじゃん、結城さんもダンス部の子、連れてきてよ」

 口を挟む隙間がないほど、その男子は一人で話を進めている。そこへ黒崎くんが、慌ててやってきた。

「おい、結城さんは今、桐谷と話してるだろ」

「へ? そうなの? 別によくない」

「いや、よくないだろ」

 結城さんの顔から、表情が消えていく。僕の顔からは、血の気が引いていくのが分かる。

「黒崎だって、結城さんと飯行きたいだろ?」

「俺は、別に……」

「照れるなって。前に結城さんのこと、褒めてたじゃん」

「それは……」

 その言葉を聞き、鼓動が早まる。

 周りには、だんだん観客が集まってきて、騒ぎが大きくなっていく。

「もうさ、お似合いなんだから、付き合っちまえよ」

「おい!」

 黒崎くんの制止がきかないほど、周りの声が大きくなっている。みんな、口々に囃し立て、この降って沸いた恋物語の結末を待っている。

 僕は思わず守に助けを求めるが、その目はこの場への介入を拒んでいた。どうするんだと、問われている。

 その時、結城さんが大きく息を吐いた。

「あのね、私は……」

 そこまで言いかけて、彼女は止まる。そして、僕に視線を向ける。

 その瞳は——あの日と同じだった。

(また、僕は……)

 僕は拳を握りしめる。そして、背後から衝撃を受け、みんなの前まで飛び出してしまった。

「いてっ!」

 おそらく守の蹴りが入ったのだろうが、振り返る余裕はない。

 教室が静まる。もはや司会者となった彼が、眉を顰めてこっちを見た。

「どうした、桐谷……」

「ぼ、僕が——」

「……は?」

 彼女が期待を込めた目をしている。僕は大きく息を吸い込んだ。

「僕が、僕が結城さんの——『彼女』なんだ!」

「……は?」

 時間が止まる。

 誰も動かない。

 結城さんも、口を開けたまま固まっている。

「いや、逆だろ」

 守の声がステージに響く。

(えっ、ま、間違えた……)

 顔から耳から、全てが熱を持つ。

「ぷっ……あははっ」

 堪えきれない様子で、結城さんが笑い出した。いつもの目を細める笑顔。

「ゆ、結城さん……」

「あはは……ごめん、ごめん」

 涙目になった瞳を、指で拭っている。

 その瞳が僕を捉えた。

 彼女は進み出て、僕の腕に自らの手を回す。触れている場所が、一気に熱を帯びる。

「私から訂正します。彼が、私の——」

 彼女はステージから、客席に向かって言葉を解き放つ。

「私の——『彼氏』ですっ!」

 一斉に沸き立つ観客たち。みんな、それぞれの感情を口にする。

「えー」

「ま、マジ?」

「きゃーー」

 満面の笑みを浮かべ、みんなを魅了する。僕はその横顔から目が離せない。

 我に帰った司会者が、みんなの想いを代弁する。

「桐谷なんだ……てっきり黒崎かと」

「お似合いだよ、二人とも」

 黒崎くんの祝福が、さらに場を盛り上げる。

「うふふ、ありがと!」

 彼女の腕に力がこもる。

「これでもう隠せないね——直哉なおやくん」

 その囁きが、耳の奥まで届いた。

 彼女の腕の温度だけが、やけに鮮明だった。

 僕たちは、その時確かに——同じステージに立っていた。

——ここからは、直哉の知らないお話。

 まさかの交際宣言で、盛り上がる教室内。

 守が、隣の男子にだけ聞こえる声で呟く。

「黒崎……これで良かったのか?」

「ん、どうして?」

「好きだったんじゃねえの? お前も」

「直球だね」

 黒崎の表情は変わらない。口元に微笑みを残したまま。

「鋭い、と言いたいところだけど、ちょっと違う」

「あら……俺様の読み、外れたか」

「そうだね」

 まだまだ、この場の熱は冷めそうにない。黒崎は、そこから少しだけ顔を背けた。

「ただ……似ていただけだよ」

「誰に?」

「……初恋の子に」

「青春だねぇ」

 守は、黒崎の肩に手を置いた。

「やっぱ、お前はいい奴だ」

「相沢もね」

「そうでもねぇよ」

 肩に置いた手に、守は少しだけ力を込めた。

「——すごいね。相沢は」

「すごいのは俺じゃねぇよ。直哉だ」

 その時、一際大きな歓声が上がった。黒崎が顔を上げる。

「あぁ——ホントだ」

「だろ?」

「彼女のあんな笑顔……彼にしか引き出せないよ」

 守と黒崎は、顔を見合わせて笑った。

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